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岡山地方裁判所 平成10年(行ウ)19号 判決 1999年8月03日

原告 増本敏之 ほか一名

被告 岡山県知事 岡山県建築主事

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

本件は、原告らが、

1  被告岡山県知事(以下「被告県知事」という。)に対し、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、建築基準法(昭和二五年五月二四日法律第二〇一号。以下「法」という。)四二条二項の規定に基づき岡山県建築基準法施行細則(昭和四八年一〇月一日施行岡山県規則第六六号)一五条によって道路を指定した処分(以下「本件道路指定」という。)の不存在確認を、予備的にその取消しを、

2  被告岡山県建築主事(以下「被告建築主事」という。)に対し、訴外小野多喜造(以下「訴外小野」という。)の申請に係る共同住宅(以下「本件建築物」という。)の建築確認につき、被告建築主事が平成一〇年二月一三日付けでした建築確認をした処分(以下「本件建築確認」という。)の取消しを、

それぞれ求める請求である。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び証拠(弁論の全趣旨を含む。)により容易に認められる事実

1  当事者

(一) 原告平野忠夫(以下「原告平野」という。)は、別紙物件目録(二)記載の土地建物を所有し、そのうち同目録記載2の建物に居住する者であり、原告増本敏之(以下「原告増本」という。)は、別紙物件目録(三)記載の土地建物を所有し、そのうち同目録記載3及び4の建物に居住する者である。

(二) 被告県知事は、法四二条二項に定める道路の指定につき権限を有する特定行政庁であり、被告建築主事は、法六条一項に定める建築物の確認に関する事務を司るものである。

2  建築確認と二項道路指定

(一) 被告建築主事は、訴外小野の申請に係る建築確認につき左記内容からなる本件建築確認をした。

確認年月日 平成一〇年二月一三日

建築場所 岡山県笠岡市富岡字小島屋三九四番

用途 二階建共同住宅

建築主 岡山県笠岡市富岡五二二番地の一小野多喜造

(二) 法四二条二項によると、法の施行期日である昭和二五年一一月二三日の時点で現に建築物が立ち並んでいる幅員四メートル未満の道路で特定行政庁の指定したものは同条一項の道路とみなし、その中心線から水平距離二メートルの線をその道路の境界線とみなすものとされているところ、被告県知事は、同条二項の規定に基づき、特定行政庁が指定する道につき岡山県建築基準法施行細則一五条により幅員四メートル未満一・八メートル以上の道と指定した。被告建築主事は、本件土地は法四二条二項の道路に該当し、このため、敷地は接道条件を充たすものとして、本件建築物が法令に適合する旨の処分をした。本件土地は、その南側の一部で本件建築物の敷地に接するとともに、その西端部分で別紙物件目録(一)記載7の土地が笠岡市道幅員約四・五〇メートルに、その東端部分で同目録記載3の土地が農業用道路幅員約一・三〇メートルにそれぞれ接している。

なお、本件土地のうち、別紙物件目録(一)記載1ないし3、5、6、8及び9の土地は訴外小野の所有であり(ただし、1の土地の所有名義は小野多七である。)、同4及び7の土地は訴外小野と訴外山上静子の共有である。

3  道路指定及び建築確認に対する不服審査

(一) 原告平野所有の土地建物及び原告増本所有の土地建物と本件土地及び本件建築物の敷地の位置関係は、本件建築物の配置を除き、別紙図面のとおりであり、本件土地のうち別紙物件目録(一)記載7の土地の南側と原告平野の所有する別紙物件目録(二)記載1の土地とが直接隣接し、別紙物件目録(一)記載7の土地の北側と原告増本の所有する別紙物件目録(三)記載2の土地とが幅員約〇・六〇メートルの笠岡市道を挟んで隣接している。

(二) 原告らは、平成一〇年六月八日、岡山県建築審査会に対し、本件土地につき法四二条二項の規定による道路指定を受けることによって道路の中心線から水平距離二メートルの範囲内にある原告らの所有土地が建築制限等の規制を受けることとなるが、昭和二五年一一月二三日の時点で本件土地には現に建築物が立ち並んでいたことも、幅員一・八メートル以上の道が存在していたこともないため、法四三条一項に定める接道条件を充たしてないにもかかわらず、被告建築主事においてこれを充たすものとして建築確認をした点で違法である旨主張して、本件道路指定の不存在確認及び取消しと本件建築確認の取消しを求め、審査請求をした。これに対し、同審査会は、同年八月四日、<1>本件道路指定の不存在確認を求める審査請求につき右の不存在確認方式による審査請求が法の予定するところでない、その取消しを求める審査請求も道路指定のあることを知った日の翌日から六〇日を経過してなされたものであり、行政不服審査法一四条一項ただし書に定めるやむをえない事由も認められない、<2>本件建築物によって火災延焼、防火避難、保健衛生上悪影響を受けるとは認められないため、本件建築確認につき取消しを求める法律上の利益を有しないことを理由に、いずれも不適法であるとして、原告らの審査請求をいずれも却下する旨の裁決をし、同年八月六日原告らに対し告知した。そこで、原告らは、同年九月七日本件訴訟を提起した。

二  争点

本件の主要な争点は、本件土地が法四二条二項の指定道路に該当するか否かという点のほかは、以下1及び2のとおり、いずれも本案前のものであって、特に、<1>本件道路指定が不存在確認及び取消しの対象としての行政処分性を有するか否か、<2>原告らが本件建築確認の取消しを求める訴えにつき原告適格を有するのか否か、という二点である。

1  道路指定不存在確認及び取消しの訴えについて

(一) 被告らの主張

本件道路指定は、いわゆる一括指定に該当し、不特定多数の者に対する一般的抽象的な処分に過ぎない。右の一括指定によって原告ら所有の土地の一部が本件道路指定によって法四二条二項で定めるみなし道路(以下「二項道路」という。)として取り扱われるとしても、原告らは、直ちに原告ら所有の土地のうち右の二項道路内において建物の建築制限を受け、あるいは建物を除去する義務を負うわけではなく、当該土地内に建築物の建築を計画する等の段階で初めてその権利義務に具体的な影響を受けるものであるから、その時点で司法救済を受けるとしてもその目的を達することが可能である。したがって、原告らの本件道路指定不存在確認及び取消しの訴えは、紛争の成熟性を欠き、不適法であるというべきである。

仮に本件道路指定が取消し訴訟の対象となりうる処分であるとしても、取消しの訴えは、行政事件訴訟法一四条三項本文によれば、当該処分の日から一年を経過したときは提起することができないとされているところ、本件道路指定がなされたのは昭和四八年一〇月一日であるのに対し、本件訴訟が提起されたのは平成一〇年九月七日であるから、不適法であることが明らかである。

(二) 原告らの反論

一括指定のあった道路も二項道路として有効である以上、右の指定処分により、処分基準時に右の二項道路の要件を充たすすべての道が二項道路とみなされ、法四三条の制限が課せられるのであり、その効果は右一括指定の日から発生する。このように、二項道路指定はその要件を充たす個別の土地に対し具体的な私権制限を発生させる処分であるから、抗告訴訟の対象となる行政処分である。仮に二項道路指定がその包括処分性のゆえに直ちには抗告訴訟の対象となりえないとしても、被告建築主事によって建築確認の前提として本件土地が二項道路の要件を充足するものとされ、右の判断が原告らに告知されたことに加え、本件建築確認の適否を争う審査請求手続において被告らから本件土地に二項道路指定が存在することを前提とした建築確認の適法性に関する弁明がなされたことからすると、本件道路指定は、もはや単なる包括処分に止まるものではなく、個別の指定処分があった場合に準じる状況にあるということができるから、本件道路指定は抗告訴訟の対象となりうる行政処分である。

また、包括処分の場合、右の道路指定がなされたかは被処分者には明確ではないことから、包括処分の不存在及び取消しを争う場合は、常に出訴期間不遵守につき行政事件訴訟法一四条三項ただし書に定める正当な理由があるというべきであるから、本件道路指定の不存在確認及び取消しを求める訴えは、出訴期間を徒過したものであるということはできない。

2  建築確認処分取消の訴えについて

(一) 被告らの主張

原告らは、以下のとおり、火災延焼、消火避難、車両排気ガス、通風採光といった生活環境の見地からみて、法で保護された利益を侵害されるおそれがある者ということはできず、このため申請人である訴外小野に対する行政処分である本件建築確認の取消しを求めることのできる第三者に当たらない。すなわち、法二条六号に定める「延焼のおそれのある部分」は、火災時の輻射熱による延焼限界曲線に関する実験に基づいて設定されたもので、科学的、合理的な基準であるところ、本件建築物は、原告平野の場合、原告平野所有の土地の境界線から約一二メートル、原告平野所有の建物から約一八メートルそれぞれ離れた位置にあり、また、原告増本の場合、その所有建物から相当に離れた位置にある上、その間には他の建物が存在し、直接に延焼するおそれのある関係にない。原告ら居住の建物に火災が生じた場合、右の建物敷地はいずれも笠岡市道に隣接しているので、同市道からの消火、非難が可能である。これに加え、原告平野居住の建物については、本件建築物の予定敷地のうち原告平野所有の土地に隣接する部分には駐車場用地が確保されているため、同用地を利用した消火、避難も可能である。また、本件建築物の建設工事中は工事関係車両が、建設工事終了後は本件建築物居住者の使用車両等がそれぞれ本件土地を通行するため、交通量が若干増加するとしても、その交通量の増加によって生じる悪影響は原告らにおいて受忍すべき限度内のものである。さらに、本件建築物は二階建てに過ぎず、しかも、本件建築物と原告ら所有の各建物との間には十分な距離があることから、本件建築確認によって原告ら居住空間の採光、通風等生活環境に悪影響を受けることはない。したがって、原告らは、本件建築確認取消しを求める訴えにつき法律上の利益を欠くため、原告適格を有しない。

また、原告らは、平成一〇年九月七日本件訴訟を提起するに先立ち、岡山県建築審査会に対して平成一〇年六月八日付で審査請求をし、これに対し、同審査会は、同年八月四日付で、審査請求を不適法として却下する裁決をしているところ、審査請求が不適法として却下された場合には法九六条の予定する裁決を経たものということができないから、原告らの本件建築確認取消しを求める訴えは、裁決前置主義の要請を充たしていないだけでなく、原告らが同年五月八日建築確認を知ったと自認していることからすると、行政事件訴訟法一四条一項に定める三箇月の出訴期間を徒過していることが明らかである。

(二) 原告らの反論

法二条六号は、輻射熱以外による火災延焼について考慮のない単なる法律上の定義に過ぎないといってよく、建築確認処分の不存在確認及び取消しを求める訴えの利益(原告適格)を判断するに当たっては、科学的見地から火災延焼の可能性を検討する必要があるところ、本件建築物と原告らの所有建物の距離関係からすると、火災延焼の可能性があり、原告らが法律上の利益を有することを否定すべきではない。特に、本件建築物の建築位置は、原告らが訴外小野の確認申請手続を代行した建築設計事務所から入手した建物配置図と建築確認申請に添付された建物配置図とを比較すると、前者における建築位置が前者における建築位置に対して数メートル建築位置が東寄りになっているものである。また、本件建築物の建築工事中工事関係車両が本件土地を通行し、完成後は本件建築物居住者の自動車使用及び生活関連業者の自動車使用等によって交通量が増加し(本件土地がその西端で農道に接続しているため、本件土地が右の農道から笠岡市道までのいわゆる通り抜け道として利用されることも推測されることから、この点でも交通量の増加が予想される。)、右の交通量の増加に伴う粉塵、排気ガスが原告らの生活環境に悪影響を及ぼすことが明らかである。

第三本案前の争点に対する判断

一  二項道路指定の不存在確認及び取消しの訴えについて

まず、本件道路指定の不存在確認及び取消しを求める訴えが許されるか否かについて検討する。

法四二条二項に基づき特定行政庁が道路を指定する告示は、二項道路の要件を具備するために必要な一般的基準を定めるものであって、特定の負担を課する行政処分に不可欠な当該義務者に対する個別の通知を欠くことからも明らかなように、特定の土地に二項道路としての負担を課することを法律上具体的に確定する処分としての性質を有するものではないから(特定の土地につき右の二項道路指定の告示によって法四四条一項に定める建築物の建築制限その他の規制を受けるに至るとしても、その義務の内容は当該二項道路の存在を前提とする個別の処分によって初めて具体化するというべきである。)、いまだ右の義務が具体化してない段階で特定の土地につき二項道路指定の該当性の有無を争うことは許されないと解するのが相当である。けだし、訴訟の対象はあくまで個別の当事者間における具体的な権利義務又は法律関係の存否を巡る法的紛争であることを要するところ、右の二項道路指定の告示によっては、いまだ右の権利義務又は法律関係の具体的内容が特定されるに至っていないというべきであるからである。したがって、本件道路指定を直接の対象とする訴えは、その取消しを内容とするものはもちろん、その不存在確認を内容とするものであっても、法が予定するものではなく、不適法であるというべきである。

もっとも、訴外小野に対する本件建築確認がなされたことによって原告らがその所有土地につき法四四条一項に定める建築物の建築制限等の法的規制を受けるに至る事実上の可能性が生じるに至ったということはできるけれども、本件建築確認はあくまで第三者である訴外小野に対する行政処分であって、その行政庁処分によって原告らがその所有土地建物につき法律上の義務を負担するに至るというものではないから、原告らの本件道路指定の不存在確認及び取消しを求める訴えが許されないことに変わりはないというべきである。

二  建築確認取消しの訴えについて

法が、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めることにより国民の生命、健康及び財産の保護を図ることをもってその目的とし(法一条)、そのための具体的措置の一環として建築計画に係る建築物が法令に定める基準に該当するか否かを確認する制度(法六条一項)を設けている趣旨に照らすならば、右の確認の適否を争う法律上の利益を有するか否かの判断に当たっても、法が保護の対象としている前途の利益が具体的に侵害されるおそれがあるか否かを基準とするのが相当であると解される。そうであるならば、法は、二条六号において「延焼のおそれのある部分」の定義として隣地境界線、道路中心線又は同一敷地内の二以上の建築物相互の外壁間の中心線から一階にあっては三メートル以下、二階以上にあっては五メートル以下の距離にある建築物をいうと定めた上、建築物の外壁等につき防火構造にするなどの防火的措置を講ずることを求めているのであるから(法二三条ないし二七条参照)、特段の事情が存しない限り、右の距離を超える範囲に土地建物を所有し、あるいは居住する者は、当該建築物が関係法令に定める基準に適合するか否かを巡る紛争である建築確認の取消しを求める訴えにつき単に火災延焼のおそれがあるといった理由によっては法律上の利益を有しないと認めるのが相当である(なお、右の点に関し、原告らは、法二条六号に定める「延焼のおそれのある部分」の定義基準は、単なる法律上の定義基準に過ぎないため、科学的に延焼可能性を検討するべきであると主張するが、<証拠略>によると、右の定義基準は、火災時の輻射熱による延焼限界曲線に関する実験に基づいて規定されたものであることが認められるから、原告らの主張は採用の限りでない。)。

そこで、右の見地から原告らの当事者適格につき以下検討するに、前記認定事実のほか、<証拠略>によると、原告平野所有の建物の場合、本件建築物(二階建て)から約一八メートル、土地境界線から約一二メートルの距離にあるため、法二条六号に定める延焼のおそれのある範囲外に位置することが明らかであり、原告増本所有の建物の場合、本件建築物(二階建て)から約二九メートルの距離にあるだけでなく、その間には他の建築物が存在することが認められるから、いずれも延焼のおそれがあることを理由に訴えの利益を肯定することはできない(なお、右の点に関し、原告らは、被告らが主張する本件建築物の建築予定位置よりも数メートル東寄りの位置に本件建築物の建築が計画されている疑いがある旨主張するけれども、その点の立証が十分でないだけでなく、本件建築物が関係法令に適合するか否かの審査は申請者である訴外小野において提出した建物配置図その他の建築設計図面に基づきなされるべきものであるから、右の確認審査の段階で右の事実が判明した場合は格別、そうでない限り、右の提出図面によって法令適合の有無を判断すれば足りるというべきであるから、右の主張は採用することができない。)。原告らは、原告ら所有の建物が火災に遭ったときの安全性、具体的には消火活動及び避難行動の容易性を問題とするけれども、右の原告ら所有建物自体の位置関係等に由来する事情については、原告らが本件建築確認の取消しを求める訴えにつき法律上の利益を有するか否かを判断するに当たり直ちに考慮すべき事項であるといえるか否か疑問があることに加え、消火活動、避難行動とも原告平野及び原告増本所有地の西側に隣接する笠岡市道を利用することができるほか、原告平野の場合本件建築物の敷地内で原告平野所有地との境界線付近に設けられる駐車場を利用することも可能であることからすると、本件建築物の建築によって火災による被害の危険性が増すとは認められず、右の理由によって原告らが法律上の利益を有するということはできない。

また、原告らは、本件建築物の建築工事中は工事関係車両による、建築終了後は本件建築物居住者の利用自動車や本件土地の通過車両等による交通量の増加のために車両騒音、排気ガス、粉塵の発生といった生活環境の悪化が生じる旨主張するけれども、当該建築物が関係法令に適合するか否かの確認をするに当たり右の事情を考慮することは法の予定するところでないのみならず、本件建築物の建築によって原告らの生活環境がその受忍限度を超えて悪化するに至ることは本件全証拠によるも認めることができない。

以上のとおり、原告らは、本件建築確認の取消しを求める訴えにつき法律上の利益を有しないから、原告適格を欠くというべきである。

第四結論

よって、原告らの訴えは、不適法であるため、本案につき判断することなく、いずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六五条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉温 酒井良介 竹尾信道)

物件目録(一)(二)(三)<略>

別紙図面<略>

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